題名のない文章たち

日記のような、そうでないような、そんなただの文章のあつまり

2人の朝食

今週のお題「一番古い記憶」

その時のことを思い出すといつも必ず私は私を俯瞰して見ている場面ばかり浮かぶので、私自身にも夢なのか加工されてしまった記憶なのかはっきり分からない。

でも、確かに母と私と2人でテーブルの前に座っている。私は朝ごはんの食パンを食べている。その情景を靄がかかったようではあるが思い出せるのだ。

おそらく、保育園に通い始めた頃のことだと思う。3歳か4歳の私は、母に見守られながら朝食を食べていた。幼い私にでも、もう既に保育園に行くために乗る保育園の通園バスの時間はとっくに過ぎていることだけは分かっていた。

パンを食べながら、「今日は保育園に行かなくていいの?」と母の顔を見て尋ねると、母は行かなくていいのだと答えた。

たったそれだけの記憶なのだけれど、一つだけずっと引っかかっていることがある。母がなぜだかとても、悲しげな寂しげな顔をしていたのだ。記憶の中の私は、ただパンを食べ続けていただけでなぜ悲しそうなのかは聞かなかった。気づいてなかったのかもしれない。

母に聞いてみても、きっとそんな些細な朝食の一場面など覚えていないに違いない。それに、なぜだか私は大人になった今でも、そのときなぜ悲しげだったのか聞く勇気がないのだ。母はいつも明るくて私たち家族を照らす太陽のような人だ。私はその時の母と同じくらいの年齢になってさえも、明るい母の悲しげな姿を見たくないのかもしれない。認めたくないのかもしれない。