題名のない文章たち

日記のような、そうでないような、そんなただの文章のあつまり

いい人

改札の前で車椅子に乗った女性がずっと待たされていた。
落し物を受け取りに来たであろうまた別の女性は持ち主であることを証明するための書類をずっと荷物の中からだらだらともたもたと探している。
駅員はジレったそうにその落とし主を眺めていた。

車椅子に乗った女性はずっと待たされていた。
乗り越し料金を払おうとする人が何人も、ぐずぐずしている落とし主を追い越してお金を払っていく。

車椅子に乗った女性はずっと待たされていた。
青春18きっぷを使用したいと、荷物を山ほど抱えた夫婦が車椅子に乗った女性を追い越して駅員からハンコをもらってホームへと消えていく。

書類を探している女性はやっと目当てのものを見つけたらしい。駅員から携帯電話を受け取る。おかげでやっと車椅子に乗った女性は、駅員から切符を受け取り、駅員に車椅子を押され改札の向こうへ消えて行った。

私は、順番を守るいい人になろうとして、車椅子を押して窓口から消えてしまった駅員を見送っていた。駅員が消えたので私は改札を通れない。

私は、切符にきちんとハンコをもらういい人になろうとして改札の前でただただ立っていた。

そして、いい人になろうとした私は目当ての電車に乗れなかった。いい人になんてなろうとするものではないと、心の中の私に嘲笑われたような気がした。