題名のない文章たち

日記のような、そうでないような、そんなただの文章のあつまり

奏でる

吹奏楽が好きだ。
中学生になったとき、迷わず吹奏楽部に入った。そこで合奏とはどんなに素晴らしいものなのかを、耳で、体で、肌で知った。

音楽を奏でるとはなんなのか。それは私には分からない。でも、一つ言えることは、吹奏楽においては、一人では絶対に奏でることができないということだけだ。

同じ楽器なのに、一人一人の楽譜が違う。
同じ曲を演奏している筈なのに、楽器ごとで楽譜も鳴らす音もリズムもハーモニーも全て違う。それぞれ勝手に演奏しているだけでは、なんの曲をやっているのか分かったもんじゃない。

それなのに、不思議なことに指揮者がタクトを掲げそして下ろしたその瞬間にそのばらばらだった音たちは一つになる。

タクトが掲げられたらそこに残るのはただの沈黙。それぞれ勝手に奏でられ宙に浮いていた音たちは消え、残るのは沈黙とタクトに集まる視線。そして、奏者の、その音楽に関わる全ての人の、静かでピンと張った息づかい。

ほんの一瞬であるはずなのに、その沈黙は永遠にも感じられた。

そして、タクトが振り下ろされたそのときに始まる音楽。みなそれぞれ違う音を鳴らしているはずなのに、それぞれの音は一本の太い川のように絡まりあってうねり外へと飛び出していく。

ああ、この音が音楽に変わる瞬間こそが私の欲しかった時間なのだ。

タクトが止まり、したに下ろされた時私の幸福な時間は止まる。でもしかしあの一瞬の永遠はいつまでも私の心を掴んで離さない。

私は吹奏楽が好きだ。